水中写真撮影 空 良太郎 - 沖縄の現地ダイビングガイド

水中写真撮影 - 沖縄の現地ダイビングガイド

【2024年最新版】エモンズ(USS Emmons) 完全マニュアル

【2024年最新版】エモンズ(USS Emmons) 完全マニュアル

沖縄で最大級の沈没船。水深約40mに沈む、USS Emmons DD-457/DMS-22(米軍掃海艇駆逐艦エモンズ)。エモンズ(USS Emmons)の全長106mの巨体は破壊されつつも、現在も原形の美しさを保っています。これから長い年月をかけて原形が崩れ、朽ちていきます。第二次世界大戦の戦没者の方へ祈りの気持ちを忘れずに潜りましょう。

当サイトでは10年以上の年月をかけて200枚以上のエモンズ(USS Emmons)の写真を掲載しています。無断でのインターネットでの利用や商用利用は固くお断りしています。写真のご利用は利用規約をご確認下さい。エモンズ(USS Emmons)の写真は、エモンズ(USS Emmons)・沈没船のギャラリーからご確認下さい。

エモンズ(USS Emmons)は公式な発表はほとんどなく、ネット上では現在もさまざまな噂が流れています。以下を読んで、エモンズ(USS Emmons)の正しい歴史や知識を知ってもらえたらと思います。

エモンズ(USS Emmons)の関連サイト

最終更新:2024年02月16日
参考資料:アラスカ州図書館、朝日新聞、九州大学浅海底フロンティアセンター
情報提供:近藤正義氏、古川 正人氏

※このページに記載されいる文章、写真や画像を無断で使用することを固くお断りします。

エモンズの概要・艦歴

エモンズ(USS Emmons)の概要

エモンズ (USS Emmons, DD-457/DMS-22) は、アメリカ海軍の駆逐艦。グリーブス級駆逐艦の1隻。艦名はジョージ・F・エモンズ海軍少将(1811年 – 1884年)に因む。

エモンズ(USS Emmons)はニュージャージー州カーニーのフェデラル・シップビルディング・アンド・ドライドック社で1940年11月14日に起工する。1941年8月23日にF・E・リーコック(エモンズ少将の孫娘)によって命名、進水し、1941年12月5日に艦長C・T・ラガン中佐の指揮下就役した。1944年11月15日、DMS-22(掃海駆逐艦)に艦種変更される。

就役後1942年1月31日にノーフォークを出航、ペルーのカヤオに整調巡航に向かい、同地でペルー政府高官を乗せチリのバルパライソに向かった。その後エクアドルのいくつかの港を訪問し、ボストンに帰還する。

エモンズ(USS Emmons)はニューイングランド海域をパトロールし、4月には空母レンジャー (USS Ranger, CV-4) の護衛として大西洋を横断、レンジャーはゴールド・コーストでアクラなどのアフリカの航空基地向け陸軍機を搭載した。

1944年11月9日、エモンズ(USS Emmons)は高速掃海艦へ転換のためボストンでドック入りする。大西洋での訓練及びハワイ諸島での演習の後、沖縄戦参加のためウルシー泊地に到着した。所属部隊は1945年3月19日に出航し、4月1日の上陸に向けて危険で重要な海域での任務に就く。

エモンズ(USS Emmons)の艦歴

画像:九州大学浅海底フロンティアセンター

エモンズ(USS Emmons)はレーダーピケット任務に従事し、ロッドマン (USS Rodman, DMS-21) と共に航行中、大規模に展開された特攻機の攻撃に際して標的とされた。最初の1機がロッドマンを攻撃し、エモンズ(USS Emmons)は損傷したロッドマンを護衛するため対空砲撃を行った。

2隻の掃海艦は特攻機の攻撃に圧倒された。その多くは撃墜されたものの、エモンズ(USS Emmons)は5機によってほぼ同時に攻撃を受けた。1機が三番砲塔の喫水線付近に突入し、弾薬庫に引火、大爆発を起こし、左舷船尾と戦闘情報センターが炎上した。

乗組員は必死に格闘したが、エモンズ(USS Emmons)は復元能力を失い、翌4月7日、敵の手に渡ることを避けるため海没処分とされた。この戦闘でエモンズの乗員60名が戦死し、77名が負傷した。エモンズは第二次世界大戦の戦功で海軍殊勲部隊章に加えて4個の従軍星章を受章した。

エモンズ(USS Emmons)については公式な発表はほとんどなく、ネット上では現在もさまざまな噂が流れてる。近年、「沖縄潜水科学技術研究所 No Limit」の近藤正義氏により、エモンズに突入したと思われる日本軍の特攻機の機種と部隊名が解明され、国内の新聞でも大きく取り上げられた。

エモンズ 当時の写真 アラスカ州図書館

エモンズ(USS Emmons)当時の写真 アラスカ州図書館
エモンズ(USS Emmons)当時の写真 アラスカ州図書館

エモンズの艦歴

艦歴
起工1940年11月14日
進水1941年8月23日
就役1941年12月5日
艦種変更1944年11月15日
戦没1945年4月6日

エモンズの全体図

エモンズの性能

性能諸元
排水量基準 2,050トン
全長全長 348 ft 4 in (106.2 m)
全幅36 ft 1 in (11.0 m)
吃水満載 15 ft 8 in (4.8 m)
機関バブコック & ウィルコックス缶4基

 ゼネラル・エレクトリック ギアード・タービン

 2軸推進 50,000 shp (37 MW)
航続距離6,500海里 (12,000 km) 12ノット(22km/h)時
乗員208名(戦時276名)
兵装38口径5インチ砲4門

 12.7mm機銃6基

 21インチ魚雷発射管10門

 20mm機銃6基

 爆雷投射機6基

 爆雷軌条2軌

エモンズの全体動画 第二次世界大戦の沈没船

撮影日:2019年9月

※このページに記載されいる文章、写真や画像を無断で使用することを固くお断りします。

旧日本軍の特攻機「九八式直接協同偵察機」

特攻機「九八式直接協同偵察機」

九八式直接協同偵察機(きゅうはちしきちょくせつきょうどうていさつき)は、大日本帝国陸軍の偵察機。キ番号(試作名称)はキ36。略称・呼称は九八式直協偵察機、九八式直協、九八直協、直協機など。連合軍のコードネームはIda(アイーダ)。開発は立川飛行機、製造は立川と川崎航空機。

単葉機の割には短距離での離着陸が可能で、操縦性・低速安定性もよく、エンジン故障が少なく整備も容易だったため、使いやすい万能機として前線の部隊からは好評で、偵察、指揮、連絡、対地攻撃などの任務、さらには爆装した特攻機として終戦まで活躍した。

テクニカルダイビングチーム「No Limit」の調査

撮影者のテクニカルダイビングの師、近藤正義氏(No Limit代表)により、エモンズに突入したと思われる日本軍の特攻機の機種と部隊名が解明され、国内の新聞でも大きく取り上げられた。近藤正義氏は撮影者と北マリアナ諸島サイパン島で出会い、現在も同じく沖縄に移住している。

サイパン島でも沈没船の機種の解明をしている世界的なリブリーザーの第一人者。IART(国際リブリーザートレーナー協会)のJAPAN代表、IANTD(テクニカルダイビング協会)のアメリカ本部所属。

「眠る特攻機 水深45メートルに65年」 抜粋:朝日新聞

第二次世界大戦末期、沖縄近海で旧日本軍の特攻作戦により沈没した米海軍掃海艇エモンズの近くで見つかった飛行機の一部が、旧陸軍の特攻機である可能性が非常に高いことが分かった。

沖縄在住の「テクニカルダイビングチーム No Limit」のメンバーが調査し、中国北京の博物館に展示されている「九八式直接協同偵察機」の機体と比較した結果、①計器盤の形状と大きさ②固定脚の形状と大きさ③固定脚のカバーの形状④プロペラの枚数などが一致した。

エモンズは1945年4月6日、特攻機5機に突入され爆発炎上。今帰仁(なきじん)村の古宇利(こうり)島沖で米軍によって海底に沈められた。今回確認された九八式はエモンズと共に水深45メートルの海底に散らばっていた。同日の旧陸軍の特攻作戦「第一次航空総攻撃」では、新田原陸軍飛行場(宮崎県)から26機の九八式が出撃されたとされている。

旧日本軍沖縄方面の出撃記録

旧日本軍沖縄方面の出撃記録

旧日本軍の沖縄方面への出撃記録から1945年4月6日に陸軍新田原飛行場を出撃した特別攻撃隊の記録を確認できる。エモンズの船尾付近に爆弾を抱えたまま特攻突入したのは98式複座直協機(空冷星形9気筒エンジン2枚羽根プロペラ)の36、37、38飛行隊の合計26機に絞られる。又、26機の内、3機はエンジン不調のため出撃を中止している。

1945年4月6日の出撃(菊水壱号作戦、陸軍特別攻撃隊)
陸軍特攻誠第36飛行隊:九八式直協(2枚羽根プロペラ)10機:新田原発:中尉 住田乾太郎指揮官
陸軍特攻誠第37飛行隊:九八式直協9機:新田原発:中尉 柏木誠一指揮官
陸軍特攻誠第38飛行隊:九八式直協7機:新田原発:少尉 喜浦義雄指揮官
陸軍特攻第22振武隊:一式戦2機(3枚羽根プロペラ):知覧発:少尉 西長武指揮官
陸軍特攻第44振武隊:一式戦4機:知覧発:少尉 小原幸雄指揮官
陸軍特攻第62振武隊:九九襲5機(3枚羽根プロペラ):万世発:少尉 富沢健児指揮官
陸軍特攻第73振武隊:九九襲12機:万世発:少尉 高田鉦三指揮官
陸軍特攻第一特別振武隊:四式戦8機(3~4枚羽根プロペラ):都城西発:少尉 林弘指揮官

参照資料: 朝日新聞(平成22年8月15日発行)

エモンズの主砲 38口径5インチ砲

エモンズ(USS Emmons)の主砲38口径5インチ砲(12.7cm・5インチ砲塔)

エモンズ(USS Emmons)の主砲は38口径長5インチ砲(口径12.7cm・5インチ砲塔)が4門。ブリッジ下部や艦外に直径12.7cmの砲弾が落ちている。エモンズ(USS Emmons)沈没時、対空戦闘状態のため、「マリアナの七面鳥撃ち」として有名な近接爆発調整した信管雷管(VTシュート)が装着されていた可能性が高い。

おそらく爆発の危険性が一番大きいのがこの主砲弾。砲塔内部は勿論、砲塔外に落ちていた砲弾には未だ戦闘状態の信管が装着されている。錆びていても火薬の残った砲弾の危険性はとても高い。ダイバーは絶対に触れないように注意が必要。

第二次世界大戦時にアメリカ軍のみが開発に成功した砲弾を爆発起動させる近接信管の「VTヒューズMK53型」。米軍はこれを小型化、5インチ(12.7cm)砲塔用の対空戦闘段に組み込む事に成功した。直接命中させなくても15M圏内にうち上げさえすれば爆発させる事が出来た。

エモンズ(USS Emmons)は主に対艦船用の徹甲弾と地上攻撃用の爆裂弾、対空戦闘用の対空弾を搭載していた。当時、無線傍受で既に日本航空機動部隊の動向を察知、対航空機用の砲弾を砲塔内部に積み込んで戦闘していたと推測される。

※このページに記載されいる文章、写真や画像を無断で使用することを固くお断りします。

エモンズの副砲40mm連装機関砲

エモンズ(USS Emmons)の副砲40mm連装機関砲

1930年代初頭にスウェーデンのボフォース社が開発した対空機関砲。第二次世界大戦時における最も有名な対空兵器のうちの1つ。優れた中近距離近接対空火器として、米英海軍艦艇にも装備された。特にアメリカ海軍の艦艇に搭載された対空兵器の中で最も多くの航空機を撃墜したと言われている。戦間期に盛んに各国に輸出され、大日本帝国、イギリス、アメリカ、ポーランド、ハンガリー、ソ連、世界的に多くの国々に採用されていた。

エモンズの対空機銃単装20mm機関銃

エモンズ(USS Emmons)の対空機銃単装20mm機関銃

砲弾は直径2cmも有る砲弾薬莢の真鍮製20mmで火薬が後部薬莢内部に入っている。爆発の危険性は高い。機銃座下部には1.27mmの弾丸が沢山落ちている。こちらも薬莢に火薬が入っているので危険性は高い。砲弾、弾丸はマジックほどの大きさで簡単に拾える。

海底で見ると魅力的に映ってしまうが爆発の危険性が高いので絶対に拾わないように注意が必要。発射後の真鍮の薬莢殻もあり、爆発の危険性はないが歴史上の観点からも沈没船の遺物を移動したり、持ち去ったりすることは絶対にしないように。

エモンズの魚雷・爆雷(対潜機雷)

エモンズの魚雷・爆雷(対潜機雷)

エモンズ(USS Emmons)の船尾の左舷側、架台に置かれている米海軍が使用した爆雷(対潜機雷)。頂上部分に爆発させるための深度調整信管・雷管が取り付けられている。火薬爆発の危険がある。写真の右下、全長2m程度を超える魚雷は船尾側に航走用のスクリューの取り付け後がある。

雷管・信管がそのまま取り付けられているので特に爆発の危険性が高い。ダイバーによる着底はもちろん、近づかない、触らないように注意が必要。

エモンズのパラベーン掃海具

エモンズ(USS Emmons)のパラベーン掃海具

エモンズ(USS Emmons)の船尾から数十メートルほど離れた付近、水深約42メートルの砂地に落ちている。航走用のスクリューが無いので、駆逐艦から引きずって敵機雷を掃海除去する為のパラベーン掃海具と思われる。爆発の危険は高くはないが近づかないほうが良い。

パラベーン掃海具は全長約3.5mの円筒状の装置で、危険海域に到達すると「掃海具」を左右方向に投下する。この「掃海具」は曳航ワイヤーによって艦の速度に合わせて自動的に一定の距離、一定の深度で艦の両側に展開する。

エモンズのMk.37 砲射撃指揮装置

エモンズ(USS Emmons)のMk.37 砲射撃指揮装置

Mk.37 砲射撃指揮装置(英語: Mark 37 Gun Fire Control System, Mk.37 GFCS)は、アメリカ海軍が開発した艦砲用の砲射撃指揮装置(GFCS)。当初は単にMk.37方位盤(Mark 37 gun director)と称されていたが、第二次世界大戦後、射撃盤などを含む包括的なシステムとして呼称されるようになっていった。

アメリカ海軍は、1934年に制式化した新しい両用砲である38口径5インチ砲と組み合わせるため、1936年より新しい砲射撃指揮装置(GFCS)の開発に着手した。これによって開発されたのがMk.37であり、射撃指揮レーダー(FCR)の装備を見越して、方位盤の上面は水平とされた。

また本機種は、方位盤から切り離して甲板下にコンピュータを設置した初めてのGFCSで、電子機械式アナログ計算機であるMk.1射撃指揮コンピュータが用いられている。これにより、目標の水平速力400ノット (740 km/h)、垂直速力250ノット (460 km/h)に対処可能とされた。

エモンズ(USS Emmons)のMk.37 砲射撃指揮装置

方位盤は防盾内に7名が乗り込んで操作する有人式であり、また安定化装置(Mk.6 Stable Element)によって艦の動揺の影響をある程度排除できるようになっていた。1939年就役開始のシムス級駆逐艦で装備化された当初はレーダーをもたなかったが、1941年からは、当初の計画通り、射撃指揮レーダーとしてMk.4レーダーが設置されるようになった。

Mk.4レーダーはFDとも称され、いずれも4番目に開発された射撃指揮レーダーであることに由来する。パラボリック・シリンダー型アンテナを2段アンテナにしたアンテナ(1.83×1.83メートル)を用い、周波数Lバンド(当時の呼称; 750 MHz)で、高度5,000フィート (1,500 m)のPBYに対して16,000ヤード (15,000 m)の探知距離を発揮できた。

また1942年には、Mk.4を元に高周波・大出力化したMk.12が採用されるとともに、目標高度のみを測定するMk.22測高レーダーも併用されるようになった。さらに後期型では、旋回角および俯仰角の自動追尾機構も導入された。

エモンズのペネトレーション

エモンズ(USS Emmons)の内部へのペネトレーションは非常に危険な行為です。オイルや錆により、視界が奪われ戻れなくなる危険性があります。ペネトレーションに関する相談や質問はお答えしません。

又、ダイビングのガイドもしていません。写真撮影者の許可なく写真をコピーや複製、商用利用することも固くお断りします。

エモンズ(USS Emmons)のキッチン

エモンズ(USS Emmons)のトイレ

エモンズ(USS Emmons)の皿
エモンズ(USS Emmons)のバトルカード
エモンズ(USS Emmons)の司令官室
エモンズ(USS Emmons)のオイル

エモンズのメモリアルプレート 慰霊の会

エモンズ(USS Emmons)のメモリアルプレート・慰霊の会

エモンズ(USS Emmons)の船体、中央付近には後から設置されたメモリアルプレートがある。2018年、4月6日にアメリカ海軍のテクニカルダイビングチームにより、花輪が設置された。日本人では近藤正義氏(No Limit代表)が参加した。現在も毎年、慰霊のためのダイビングが行われている。

アメリカでは現在もエモンズ(USS Emmons)の元乗組員とその遺族による戦友会が続いている。わずかに残された沖縄戦の記憶は次の世代へと引き継がれている。又、日本では誠37隊の隊長を務めた小林敏男少尉(当時23才)の遺族の方が中心に慰霊の会が設立され、毎年古宇利島で慰霊祭が行われている。

※このページに記載されいる文章、写真や画像を無断で使用することを固くお断りします。

九州大学浅海底フロンティアセンターの研究

エモンズ(USS EMMONS)高解像度3D画像

エモンズの高解像度3D画像ファイルはこちら

九州大学の浅海底フロンティアセンターではエモンズ(USS EMMONS)の研究を行い、研究結果を2021年に発表しました。

エモンズの高解像度3Dモデルではフォトグラメトリー技術(多視点ステレオ写真測量)を用いて3次元モデルを作成しました。フォトグラメトリーは撮影した多数の画像からカメラの位置や姿勢をソフトウェアで割り出し対象物のデジタル3次元モデルを作成する技術です。2015年6月に撮影した1820枚、2020年11月に撮影した1150枚の計2970枚の水中写真を基に作成されています。

発表内容にはアメリカ軍の沖縄侵攻作戦の「アイスバーグ作戦」、日本軍の特攻機によるアメリカ艦隊への神風(kamikaze)と呼ばれた攻撃、USSエモンズと日本軍特攻機の戦闘、4月6日に出撃した特攻機、特攻機の激突とエモンズの被害状況、エモンズの高解像度3Dモデル、エモンズの迎撃、砲塔の向きと特攻機の突撃方法、USSエリソンによる砲撃とエモンズの沈没、九八式直接協機と誠隊などがあります。

エモンズ(USS EMMONS) 銘板の盗難

2010年頃にエモンズ(USS EMMONS)の銘板は紛失しています。船の銘板は船の建造に関する日付や建造者の情報が記載されています。船の「出生証明書」のような物になります。

アメリカ本国では「退役軍人にとって、それは墓荒らしのようなものだ。正体不明の泥棒たちが船に飛び込み略奪し、最も貴重な財産である名誉を奪い去った。」と報道されました。

現在、米軍側は銘板の返還に繋がる情報提供者に対して1500ドルの報奨金を提供しています。提供者に対して色々と質問することがないことを約束しています。もし、情報をお持ちの方は弊社までご連絡下さい。

会社名 (株) ワールドダイビング
住所 〒 904-0415 沖縄県国頭郡恩納村仲泊47番地
TEL 098-989-1474
営業時間 AM 9:00~PM 19:00
定休日 年中無休
URL https://www.owd.jp
担当者 空 良太郎

エモンズ(USS EMMONS)の銘板の情報提供はこちらから